こんにちは、泳げ鯛焼き君♪です。
少し前のことですが、新開地ツアーに行ってきました。
神戸市、兵庫区にある商店街を中心とした地区
神戸開港当時からにぎわっていて、昭和初期には映画館や芝居小屋が立ち並ぶ関西屈指の歓楽街だったとか。
当時は、『東の浅草、西の新開地』と呼ばれていたそうです。
ダーリンが子供のころにもまだたくさんの映画館があって「ええとこ、ええとこ聚楽館」と言う宣伝文句に誘われて、よく映画を観に行っていたと言います。
そんな歴史を振り返るビデオを、街づくり記念館のようなところで見せていただきました。壁に貼ってあった、サインボード
さらに、ここは映画評論家の淀川長春さんの出身地でも有名で、彼のお蔭かチャールズチャップリンがここを訪れたこともあるそうです。
それを記念して建てられているモニュメントが
赤と青の間の空間に注目してみてください♪
昭和55年ごろ、次々と映画館や芝居小屋が閉鎖して、今ではボーリング場やパチンコ屋さんが立ち並んでいます。
ボーリング場になっている建物の名前に、その名残が
私が神戸に来た12年前は、このあたりはちょっと近づきたくないエリアでした。
すぐ隣は「柳原」という商店街で、はるか昔平清盛が福原遷都で都にした土地ですが、現在はいわゆる夜の街です。
新開地も入り口は立ち飲み屋さんなど、お世辞にも綺麗でおしゃれな神戸の雰囲気とは明らかに違う空気を漂わせていて、足を運んでみたいエリアではありませんでした。
その後、少しずつ再開発プロジェクトやこの街の良さを発掘するような動きがあり、さらに昨年定席の寄席「喜楽館」がオープンしました。大阪の天満「繁盛亭」に続いて、桂文枝師匠を中心とする上方落語の方々の努力が実った形です。
その落語を聞きに来たくて、このツアーに参加したわけです。
喜楽館の内部見学もさせてもらいました。
檜舞台
「喜」の額は、文枝師匠の書
楽屋はこんな感じ
舞台からは、二階席の手前に時計が二つ見えます
落語は、一人の持ち時間がきっちり決められているので、視線をそらしていてもいつでも時計が目に入るように掛けられているそうです。
赤いベレー帽の女性が、このツアーの案内人 西島陽子さん
この街を紹介するために大阪から移住してきた、新開地大好き女性です(^-^)
そんな彼女がおすすめしてくれた 「豚饅」のお店
神戸では、肉まんとは言いません。豚まんです。
なぜなら、肉=牛肉 豚は肉ではありません。そのため、豚饅。もし神戸で肉まんと言ったら、中身は牛肉のあんが入っていなければなりません。
それが掟です(笑)
さらに、このお店は豚まんにウスターソースをかけて食べます。
なぜダーリンが豚まんにウスターソースをかけるのか、ずっと謎でしたが、それがようやく解けました♪
この指標の左側は道路、右側は松竹の土地を表す石碑が道路に埋め込まれています。
古くからの歓楽街なので、古くからの飲食店も健在です。
ここは、日本で初めて焼き鳥をお店で出したと言われている老舗です。
喜楽館がオープンした当時、文枝師匠や鶴瓶師匠も来ていたとか
昭和の昔は、当時の大物落語家が通っていたというお話も聞きました。
昼食は、商店街の 「八喜為」で 串カツ、焼き魚、刺身、茶碗蒸しなどのセット
落語は、昼席を鑑賞
ハッキリ言って、中入前のほうが面白かったです。
必死のパッチを感じるからかな
また聞きに来たいです。こんなに近いんだもの
最後に、街のはずれの路地で見つけた看板
この街の雰囲気が雰囲気だけに、想像して笑えました!
・・・・
そして、一か月後の5/11
新開地音楽祭
が行われていたので、今度は姫と遊びに行きました。
街のあちこちにステージが作られて、素人っぽいバンドがジャズやポップス、懐メロを演奏していました。
湊川公園にはこどもひろばが作られていて、姫はもっぱら風船プールで遊びました。
が、この日あまりの暑さ(たぶん28度くらい)と日射で熱中症になりそうでしたので、早めに切り上げました。
その先にある東山商店街でお買い物も。
神戸の中心街に近いにもかかわらず、ここの物価は別世界と言うほど安くて大好きです。この日、イチゴの最安値は200円でした! スイカ1/6 ¥350を買ったら重かった
子供連れでも楽しく歩けるように生まれ変わった新開地、また行きたいです♪
それではまた、ごきげんよう(^-^)/
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